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名古屋高等裁判所 平成8年(ネ)106号 判決

《住所略》

控訴人

株式会社サンリオ

右代表者代表取締役

佐藤辰夫

東京都練馬区豊玉北2丁目3番1号

被控訴人

三笠製薬株式会社

右代表者代表取締役

緒方巧

右訴訟代理人弁護士

藤井正夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、金1861万6500円及びこれに対する平成7年5月24日から支払ずみまで年6分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

四  仮執行の宣言

第二  事案の概要

一  本件は、被控訴人発行の無記名式転換社債を取得した控訴人が、転換により発行される株式(1単位の株式数1000株)をすべて単位未満株式とするために転換請求額面金額を架空名義人417名に分割して転換請求手続をしたうえ、いずれも単位未満株主として登録された右架空名義人の株式(各985株)全部につき、昭和56年改正商法附則(以下「附則」という。)19条1項の買取請求権を行使した結果、単位未満株式の売買が成立したと主張して、被控訴人に対し、そのうち架空名義人「吉田広一ないし広十」10名分の株式合計9850株の売買代金1861万6500円及びその代金支払期限の翌日以降の商事法定利率による遅延損害金の支払を求めた事案であるが、原判決は、控訴人の右請求を棄却した。

二  争いのない事実

1  被控訴人は、医薬品の製造及び販売等を業として昭和23年12月に設立された株式会社であり、1株の金額50円の額面株式(平成7年5月時点の発行済株式総数1400万3741株)を発行しているが、定款で1単位の株式の数を1000株と定めて単位株制度を採用した日本証券業協会店頭登録会社であって、その株式事務は三菱信託銀行株式会社(以下「三菱信託」という。)が名義書換代理人として代行している。

2  被控訴人は、平成5年12月13日、第2回転換社債(転換請求期間は平成6年1月4日から平成13年3月29日まで)として、無記名の無担保転換社債を、発行総額20億円・発行価額(額面)10万円・転換価額913円(転換により発行すべき株式の数は、各社債権者の転換請求にかかる転換社債額面金額を転換価額で除して算出し、1株未満の端数が生じたときは額面100円につき金100円の割合で償還する。)と定めて発行した。

3  控訴人は、右転換社債のうち3753口(額面合計3億7530万円)につき全額の払込をして、これを取得した(以下、この転換社債を「本件転換社債」という。)。

4  その後、控訴人は、本件転換社債につき、平成7年5月8日から同月11日までの間に別紙記載のとおり、「吉田一郎ないし二十郎」とか「山田一子ないし二十子」など合計417の架空名義を使用して、転換請求する額面金額を右架空名義人1名につき90万円(転換により発行される株式数は1単位未満の985株・償還金額は695円)に分散したうえ、三菱信託名古屋駅前支店で被控訴人に対する転換請求手続をしたため、三菱信託は、右架空名義人をすべて単位未満株主として株主名簿に登録した。この株式数を合計すると41万0745株になるが、その真実の株主はいずれも控訴人であるから、本件転換社債の転換請求により控訴人が取得した被控訴人の株式は41万0745株である(以下、この株式を「本件仮名株式」という。)。

5  そこで、控訴人は、本件仮名株式につき、平成7年5月15日(ただし「内田成六」及び「内田成七」名義分については同月12日)、各架空名義人を単位未満株主として、三菱信託名古屋駅前支店において附則19条1項の単位未満株式買取請求手続をした。

6  本件転換社債を含む前記転換社債の転換請求により生じる単位未満株式の買取価格については、日本証券業協会の発表にかかる買取請求の日の株価(高値、安値がある場合にはその平均値)とされているところ、本件仮名株式のうち平成7年5月12日買取請求分については1株1795円(代金支払期限は同月22日)であり、架空名義人「吉田広一ないし広十」10名分合計9850株を含む同月15日買取請求分については1株1890円(代金支払期限は同月23日)であった。

7  なお、被控訴人が本件仮名株式の買取代金の支払を拒絶したのち、三菱信託は、架空名義人「吉田広一ないし広十」10名分の償還金各695円(ただし郵便切手)を右各架空名義人宛に送付し、被控訴人は平成7年8月18日、本件仮名株式のうち単位未満株式745株につき、その買取代金及び遅延損害金の全額を控訴人に支払った。

三  本件の争点

附則19条1項には「株主は、会社に対し、自己の有する単位未満株式を買い取るべきことを請求することができる。」と規定されているところ、無記名の転換社債を取得した者が、その転換請求額面金額を多数の架空名義人に分割して転換権を行使したため、各架空名義人が単位未満株主として株主名簿に登録された場合に、これを合計すれば全部単位株となる株式の真実の株主は、各架空名義人ごとに、附則19条1項の買取請求権を取得するか否かという右規定の解釈が本件の争点である。

1  控訴人の主張

(一) 会社が単位未満株主として株主名簿に登録した株主は、それが架空名義人であったとしても、会社が単位未満株主として取り扱っている以上、当然に、かかる架空名義人が単位未満株主として附則19条1項の買取請求権を有するものであり、真実の株主は、架空名義人ごとに単位未満株式の買取請求権を行使できると解すべきである。

(二) 転換社債の転換請求手続及び単位未満株式の買取請求手続など証券取引事務において、いわゆる本人確認手続がとられていないため、架空名義など任意の届出名義で取引ができることから、転換社債に投資した者は、多数の名義に分散して転換請求することにより単位未満株主となり、その買取請求により投下資本を回収する方法を考案し、これが取引慣行として認められてきたものであり、現に被控訴人も右取引慣行に従って架空名義人による単位未満株式の買取請求に応じたことがある。

(三) 被控訴人は、単位未満株式の発生が当然に予見できる低額の額面(10万円)で転換社債を発行し、これにより大量の資金を調達することができたのであり、控訴人も、右取引慣行による投下資金の回収が可能と信じたからこそ本件転換社債を大量に取得したのであって、その後になって突如として、控訴人の右取引慣行に従った買取請求を拒否することは、信義則に反するものである。

2  被控訴人の主張

(一) 真実は同一人の保有する株式が多数の架空名義人の単位未満株式として株主名簿に登録されている場合であっても、附則19条1項の買取請求権は、架空名義人ごとに発生するのではなく、真実の株主が保有する株式全部を合計して考察し、それでも単位未満株式が存する場合にのみ、その単位未満株式について発生するものと解すべきである。

(二) 本件転換社債の転換請求により控訴人が取得した株式は本件仮名株式の合計41万0745株であるから、附則19条1項の買取請求権が発生する単位未満株式は745株にすぎないところ、この単位未満株式745株につき被控訴人は既に買取代金及び遅延損害金の全額を控訴人に支払っているから、単位株41万株を保有する株主となった控訴人が、本件仮名株式につき、附則19条1項の買取請求権を取得する余地はない。

第三  当裁判所の判断

一  昭和56年改正商法(附則15条ないし20条)により導入された単位株制度は、現在ほとんど1株50円である株式額面金額を引き上げる目的をもって、将来、これが株式併合の強制により引き上げられるまでの過渡的な手段的制度として採用されたものであり、その手段的措置として、単位未満株式について、共益権の行使を停止した(附則18条1項)だけではなく、株券の発行を原則的に制限し(同条2項)、既登録株主以外の譲受人を株主名簿に記載することを禁止して(同条3項)、株式譲渡による換金の途に大きな制約を課すとともに、他方で、かかる制約を受ける単位未満株式の保有者に換金の途を保障して経済的地位を保譲し、同時に単位未満株式の単位株式化を促進するために、右制約の代償的な措置として、単位未満株式の保有者に会社に対する買取請求権(附則19条)を認めたものであるが、右買取請求権の行使により会社が取得する単位未満株式といえども自己株式にほかならないのであるから、右買取請求の制度は、資本の充実を害するなど種々の弊害をもたらす自己株式の取得を一定の例外的場合を除いて厳格に禁止している商法の下では、単位未満株式の保有者の経済的地位の保護及び単位株式化の促進という右目的を達成する限度においてのみ許容された例外的なものである。

したがって、附則19条1項の買取請求権は、実質的に同一の株主が保有する株式を全体的に見て、換金の途を閉ざされている単位未満株式についてのみ付与されるものというべきであり、合計すれば単位株となる株式の株主が多数の架空名義人の単位未満株式として保有しているような場合には、右株主は、架空名義を訂正して単位株につき会社から株券の交付を受け、これを売却することにより換金することができるのであるから、かかる株主が株主名簿上の形式的な右単位未満株式について附則19条1項の買取請求権を取得する余地はないというべきである(もし右の場合に架空名義人ごとに単位未満株式の買取請求権を行使できるとすれば、株主名簿には株主の請求どおりの氏名や住所がそのまま記載される現状においては、転換社債を取得した者が単位未満株式の買取価格(本件では大部分1890円)と転換価額(本件では913円)の差益を獲得する目的で計画的に多数の架空名義を用いて転換権を行使することにより架空名義の単位未満株式を作出することは極めて容易であるから、かかる単位未満株式を架空名義を用いて作出した株主は、その単位未満株式の買取請求により確実に右差益を獲得でき、店頭株のような小型株では大量売却で容易に値崩れを生ずるから単位株として店頭市場で換金するのと比較するときめわて有利であるのに対し、これが大量の場合には、その買取請求を受けた会社は、転換社債の発行によって調達した資金を買取代金として放出する結果となるに止まらず、相当期間内の処分を義務づけられた大量の自己株式(商法211条)の保有を余儀なくされ、その売却により値崩れを生じて損害を被ることにもなるのであり、つまるところ、架空名義の単位未満株式を作出した特定の株主が、前記のとおり商法が厳格に規制している自己株式の取得を会社に強制し、その余の株主全体の犠牲において利得することを許すことになるが、附則がこのような事態を予想し許容しているものでないことはいうまでもない。)。

二  そうすると、本件転換社債の転換請求により控訴人が取得した本件仮名株式41万0745株の真実の株主が控訴人であることは当事者間に争いがないのであるから、控訴人は被控訴人の単位株41万株の株主であり、控訴人の保有する単位未満株式は745株にすぎないことになるが、この単位未満株式745株については、被控訴人が買取代金及び遅延損害金の全額を控訴人に支払っていることは前記のとおりであるから、控訴人が本件仮名株式につき単位未満株式の買取請求権を取得する余地はないものというべきである。

なお、控訴人は「架空名義人ごとの単位未満株式の買取請求は取引慣行として認められてきた資本回収の方法であり、これに応じたことのある被控訴人が突如として控訴人の買取請求を拒否することは信義則に反する。」旨の主張をするが、前記のとおり明らかに不当な結果をもたらす右の如き買取請求の方法が過渡的な単位株制度の下において既に取引慣行となっていたとの事実は、本件全証拠によっても到底認めることができないうえ、被控訴人が単位未満株式の買取請求権のない控訴人に対して買取代金の支払を拒絶するのは当然のことであるから、控訴人の右主張は失当である。

三  よって、控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲守孝夫 裁判官 小松峻 裁判官 松永眞明)

〈省略〉

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